引っ越しの荷造りをしていて気づいたことがある。段ボールに入れるかどうかで一番迷わなかったのは、生活に必要な道具ではなかった。なくても困らないはずのものを、なぜか一番丁寧に包んでいた。今回のベストバイは、便利さの物差しから外れたところにある道具の話をする。照明・音・香りと植物、そして「用がないのに眺めている道具」まで、10年ぶんの居残り組を並べていく。
便利でなくてもいい道具の話
道具を買うとき、たいていは何かを解決するために買う。洗い物が面倒だから食洗機、髪を乾かす時間が長いからドライヤー。理由がはっきりしているから、選び方も比較しやすい。このサイトで散々やってきたのはそっちの話だ。
ところが手元に長く残っているものを数えてみると、そういう「解決する道具」ばかりではない。むしろ、無くなっても生活が一切滞らないものが、しれっと10年居座っていたりする。買った理由を今から言語化しようとすると、けっこう困る。
ただ、ひとつだけ共通点がある。どれも「部屋にいる時間の質」を上げるために買ったものだということ。作業を速くするのではなく、同じ時間の感じ方を変える方向に効く。効率で測ると価値がゼロに見えるので、レビュー記事にもなりにくい。だからこそ、シリーズの一編としてここに書いておきたい。
ちなみに一人暮らしを始めた当初は、この手のものを完全に軽視していた。家具は最低限、照明は天井の一灯だけ、床には何も置かない。合理的な部屋だった。そして、まったく帰りたくならない部屋だった。

部屋の居心地を上げたもの
居心地という言葉は曖昧だが、分解すると案外はっきりする。光、音、匂い。この三つを触ると部屋の印象は劇的に変わる。家賃を上げるより安く、模様替えより即効性がある。
照明
最初に手を出すべきはここだと言い切っていい。天井のシーリングライト一灯で部屋全体を白く照らしている状態は、コンビニの店内と光の設計が同じである。作業には向くが、くつろぐようにはできていない。
手元に長く置いているのはバルミューダのThe Lantern。ダイヤルを回すとろうそくのような暖色から読書向きの明るさまで無段階で変わる、充電式のLEDランタンだ。公称ではIP54の防塵防滴で、明るさによって連続点灯は3〜50時間。サイズは11×10.3×24.8cm(ハンドル含む)、重さ630g。数字だけ見れば、単なるよくできたランタンだ。
実際に使ってみると、この道具の本体はスペックではなく「暗くできること」だった。夜、部屋の主照明を落としてこれだけ点ける。すると本を読むでもなく音楽を聴くでもない時間が、急に成立するようになる。デスクの隅に置いたまま、もう何年も同じ場所にいる。持ち手の質感が良い。ダイヤルの重さも良い。ずっと見ていたい。
- 暖色側の光が本当に暗くまで落とせる
- 充電式でコードから解放される
- 持ち手とダイヤルの質感が良い
- 明るさを求めるメイン照明にはならない
- 同価格帯のLEDランタンと比べると割高
価格は2019年9月の発売時で税別13,800円。純粋な照度あたりの単価で考えると、決して安い買い物ではない。実売価格は時期や販売店で動く。
もっと安く始めたいなら、電球色の小さなテーブルランプでも効果は出る。要は光源の位置を目線より下に増やすこと。それだけで部屋は落ち着く。
音の出るもの
次が音。スマホのスピーカーで十分だと10年前は思っていたし、実際、内容を聞くだけなら十分だ。ただ、音が「部屋に置かれている」感じは出ない。
手のひらサイズのBluetoothスピーカーをひとつ、キッチンの棚に置いている。料理中にラジオを流すためだけの用途で、音質を語るような機材ではない。それでも、音が机の上ではなく部屋のどこかから鳴っているだけで、一人分の生活音が急に薄まる。音は静けさを埋めるためではなく、部屋の広さを感じさせるために鳴らしているのだと思う。
選ぶときのポイントは三つだけ。防滴かどうか(キッチンや洗面所で使うなら必須)、充電がUSB-Cか、そして音量を絞ったときに低音が痩せすぎないか。この三つを外さなければ、価格帯は好みで決めていい。
小型スピーカーは最大音量ではなく「小さい音で聴いたときの質」で選ぶ。一人暮らしの部屋で大音量を出す機会はほぼない。
香りと植物
匂いは最後発で導入した。理由は単純で、効果を信じていなかったから。今はいちばん効いていると思っている。
使っているのは無印良品のコードレス超音波アロマディフューザー。税込3,990円で、コードがないので置き場所を選ばない。水とオイルを数滴入れてスイッチを押すだけ。手入れは水を捨てて拭くだけなので、面倒くささで挫折しにくい。香りの好みは人それぞれだが、迷うならまず柑橘系が失敗しにくい。
あわせて植物も置いている。ポトスとサンスベリアという、枯らしにくさで有名な二種類。世話に手間をかけたいわけではなく、部屋に自分以外の生き物の気配があると、なぜか掃除をする気になる。これは効能というより副作用に近い。
水まわりの道具は「手入れの手軽さ」で選ぶ
超音波式のディフューザーも加湿器も、水を使う道具は放置するとぬめりが出る。手入れの頻度を守れる構造かどうかは、香りの良し悪しより先に確認しておきたい。
用がなくても眺めている道具
ここからは完全に実用の外側。使う頻度で言えば月に数回、下手をすれば年に数回しか触らないのに、処分する気にならないものたち。
たとえば、金属の文鎮。書き物をしないので本来は不要だが、机の上でずしりとしている。手で持ち上げると冷たくて重い。それだけの道具である。あるいは、古い機械式の目覚まし時計。秒針の音がうるさいので寝室では使えず、結局リビングの棚に飾ってある。時計として敗北しているのに、動いているところを見ると安心する。
道具を眺めていられるかどうかは、機能とは別の評価軸だと思っている。10年使い続けているものを振り返ると、性能が良かったものより「持ったときの手触りが良かったもの」のほうが生き残っている。逆に、スペック比較で勝った理由だけで買ったものは、だいたい途中で入れ替わっている。
話がそれるが、道具を眺める癖がついてから、買い物の失敗が減った。店頭で持ってみて、その時間が心地よくないものは買わなくなったからだ。調べ尽くすのは相変わらずやめられないが、最後の判断は手が決めている。

後悔しなかった贅沢
実用性のない買い物のうち、どこまでが許容範囲なのか。10年分の実績から、後悔したものとしなかったものの傾向を並べておく。
| 買ったもの | 実用性 | 10年後の評価 |
|---|---|---|
| 質感の良い間接照明 | 低い | 毎日点けている。最も費用対効果が高かった |
| 小型スピーカー | 中くらい | 2台目に買い替えつつ継続中 |
| アロマディフューザー・植物 | 低い | 安く始められて満足度が高い |
| 飾るための小物 | ほぼゼロ | 気に入ったものだけ残った。数は絞るほど良い |
| 雰囲気だけで買った家電 | 低い | 使わなくなった。用途がないものは飾りにもならない |
この表から言えることははっきりしている。実用性がなくても後悔しないのは、毎日視界に入る場所に置けるものだけだ。しまい込む前提のものは、贅沢ではなく在庫になる。
予算の目安としては、家具・家電の総予算のうち1割程度をこの枠に充てる、くらいでちょうどいい。照明と香りだけなら2万円あればひととおり揃う。生活が一段変わる金額としては安いほうだと思う。
買う前に、その道具を「どこに置くか」を先に決める。置き場所が思い浮かばないものは、雰囲気が良くても買わない。
選び方の話はこちら
ここまでは完全に個人の話なので、実際に選ぶ段階では方式やタイプの比較が必要になる。照明については色温度と配光の考え方を整理した記事がある。天井の一灯照明から抜け出したい人はこちらから読むと早い。
音まわりについては、スピーカーより先にイヤホンを検討する人のほうが多いはずだ。方式ごとの違いと向き不向きはこちらにまとめてある。
まとめ|役に立たない道具にも居場所がある
便利さは、道具を評価する軸のひとつでしかない。10年間ひとつの部屋で暮らしてみて残ったのは、作業を速くしてくれた道具ではなく、部屋にいる時間を悪くなかったと思わせてくれた道具のほうだった。
もし今の部屋がどうも落ち着かないと思っているなら、家具の配置を変える前に、光を一つ足してみてほしい。光・音・香りの三つは、家賃を上げずに部屋の体感を変えられる数少ない手段である。効果が出なければ、照明はキャンプにも持っていける。損はしない。
そして買ったからには、長く使ってやりたい。役に立たないものほど、居場所を決めてやるのが飼い主の仕事という気がしている。
なお、記事中の価格は執筆時点のもので、在庫やセール状況は変動する。最新の情報は各メーカーの公式サイトや販売店で確認してほしい。
あわせて読みたい
シリーズの他の回もどうぞ。買い替えを繰り返した末に落ち着いた道具の話と、逆に失敗した買い物の話を書いている。
